メンバー
V, G:中山卓哉 G, Cho:小島lue秀和 B, Cho:中澤健介 Key, Cho:稲荷直史(サポート) D, Cho:高原星美(サポート)

――はじめに結成のいきさつから話してください。

中山(V, G)「僕とベースの中澤が高校の同級生で、中澤がやっていたバンドのライヴを僕がよく観に行っていたんですよ。それで僕も『バンドやりたいな』と思って上京してからバンドを少しだけ始めたんですけど、すぐやめてしまい、23歳で就職しました。でも『またバンドをやりたいな』と急に思い始めて、で、その決意とともに仕事をその次の日ぐらいに辞めて(笑)、中澤に連絡して『バンドやろうぜ』って。もうひとり健介の幼馴染みの前のドラムがいて、3人でスタジオ入って、そこから始まりました。」

――それはいつぐらいですか?

中山「2010年の終わりぐらいです。当時は別の名前で活動していたのですが、いろいろな事情があって名前を変更する事になり、今のグッバイフジヤマになりました。で、少ししてから、当時のドラムの同級生だった小島lue秀和がギターとして入りまして、5人編成になったんですよ。そこから5人でやっていていろいろありまして(笑)――」

――で、このメンバーになったと。ライヴをたくさんやっていますよね。アナーキー・イン・ザ・シモキタザワっていうシリーズを続けていて。

中山「企画名はだいたいそれでやっていました。」

――このイベントタイトルはグッバイフジヤマの音楽性とは乖離してる感じもしないでもないけど。

中山「音楽的な部分ではなくて、精神性をあらわしているというか、恥ずかしい話ですけど(笑)。」

稲荷(Key)「何照れてんすか(笑)。」

中山「照れるよ(笑)!渋谷系ポップスみたいな音楽をやりつつ、歌詞・精神的にはパンク的なことをやっていたので。今はそうでもないんですけど、当時は下北沢のどこにも馴染めなくて、それで下北沢シーンへのアンチの意味を込めて『アナーキー・イン・ザ・シモキタザワ』と名付けました。」

――それでありつつ、でも「自分たちの居場所は下北だ」っていう意識はあったんですか?

中山「そうですね。下北、高円寺にあったと思います。なので、来月やるワンマンもアナーキー・イン・ザ・シモキタザワって名前で、それで終わりにしようかなと思っています。」

――完結編みたいな。

中山「そうなんですよ。」

――曲はどういうふうに作るのですか?

中山「僕が大元になる歌詞、メロディ、展開をだいたい作ってきて、それをみんなに投げて、いきなり始めるよね。スタジオで。」

中澤(B)「セッションみたいな感じに。」

中山「セッションに近い感じでみんなでやって『そこはダメだろ』みたいなのとか。あとたまに5曲に1曲ぐらい僕が持ってきた展開が全然ダメで、まったくBPMを変えられたりっていうのもあったりします。」

――そうやって全員でやり合いながら固めていくっていう事ですか?

中澤「そうですね」

――最後にみなさんの目標や野望をお聞かせいただければと思います。

中山「僕は、メンバーには言ってないんですけど、30歳までに紅白に出るっていう(笑)。」

――今おいくつでしたっけ?

中山「26です。」

――COUNTDOWN JAPANじゃなくて、紅白に出たいってことですね。

全員「ふはははは!」

中山「COUNTDOWN JAPANにも出たいですよ(笑)! ROCK IN JAPANにも。ROCK IN JAPANは自分もバンド始めるちょい前とかにお客さんとして遊びに行ってたので、今回入賞できたことはすごく嬉しいです。」

全員「ありがとうございましたー。」

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